有機体の発明

これは、私の生涯の夢です。

有機体とは自然界の生き物全般をいいます。

もちろん人だってそうだし、樹木もそうです。

人のなす事は一方で地球という媒体を通して害ですが、もし有機体が自在に作れるようになったらその概念が覆ります。

建物が光合成をし、二酸化炭素を吸収し、酸素を吐き出せば、地球温暖化も何もなくなります。

ヒトは自在に食べ物を作り出せるようになり、そのサイクルは滅法クリーンになります。

ヒトと地球は共存関係になりえます。

そのために解決すべき現状は何か。

私は、数字にあると考えています。

私は、数字の概念がそもそも間違っているのではないか、と思っているのです。

数字とは無限をいかに有限として表現するか、ですから、数字の概念を無限の概念に近づければ、より自然界の公式に近づくのでは、と考えています。

単位と数字

数字とはそもそも単位のようなものです。

有限に区切られているのが数字です。

だから、そもそも数字に単位をつけるということは、単位に単位をつけているようなものなのです。

単位(メートル)の基準は地球の大きさですが、地球は時間とともに大きさも変化します。

微細な差のある有限値と、無限であり、ランダムな自然界の災害、つまり地震や竜巻といったものを

解析すること自体、不可能なのではないでしょうか。

 

 

 

 

新しい数字の概念

数字は無限でランダムなものでなくてはならないと思っています。

意味合い的には確率密度関数の概念に近いですが

確率密度関数の場合、アナログの波を、デジタルをデジタルによって解析するようなものであり、

やはりこれでも自然界には通用しないです。

では、数字の概念を改め、有限の区切りをより無限な、ランダムなものに寄せてみてはどうでしょう。

私は、分子の密度の、より近いもの同士で区切るのはどうかと考えています。

0の存在

まず、宇宙が存在するのに、0(無)など存在するのでしょうか。

1+0=1と、なぜ当然のように言えるのでしょう。

存在しないものなど、この世にあるのでしょうか。

時間軸の存在で、一時的にその場からなくなることはありますが、

別の場所に移動をしたり、別の形に変わっていたりしますが、決して存在がなくなるわけではないと思います。

実は、0の存在を把握しているものなど、

誰一人としてこの世に存在しないのではないでしょうか。

哲学で、0=1−1を説明するものがいます。

無は、別の1と1を生み出すというのです。

そんなことはあり得るのでしょうか。

私はこれを、当初の0の定義からはるかに超越した、神を超えた発言だと思っています。

つまり、ありえないのです。

0に最も共通する定義をいうとするならば、

死後の世界ではないでしょうか。

確かに存在する。

しかし、誰一人として把握していない。

そして、それは無かもしれない。

意識

意識は何に宿るのでしょう。

私は前回、死後の世界を0と定義づけました。

こんなことがありました。

昔、猫を飼っていたのですが、寿命を全うして死にました。

その猫を庭に埋めました。

するとそこから、新たに死んだ猫の尻尾にそっくりな枝を持った

植物が元気に生えてきたのです。

そこでまた、0の話に戻りましょう。

0は常に移り変わるものだとしたら?

つまり、意識は消えることなく、猫から植物に移ったとしたら?

0=∞という式が成り立ちます。

死後が無限に存在する。

つまり、死後など存在しない。

0はなくなり、∞だけが残ります。

あるいは、0は未知の世界と定義づけることもできるかもしれません。

意識・転生・有機体

仏教の革新的なところは、埋葬の仕方にあると考えています。

通常は土に埋めて埋葬しますが、仏教は焼いて埋葬します。

土に埋もれた意識は土の中の生物に移ると考えています。例えば、植物とか、虫など。

焼いて埋葬されたものは、風になるのでは、と考えています。

私は風は意識を持って動いているものだと思っています。

風になった意識は、生命に吸い込まれ、赤ちゃんとして生まれる。

つまり、焼いて埋葬した方が人としての転生が早くなるのでは、と考えます。

ピラミッドの時代では、王が民から深く愛され、王が亡くなった時は民が深く悲しみました。

そこで、転生を最も早める方法として、王を布でくるみ皮膚を腐らせないようにしてミイラとしました。

今では、ミイラが動き出す、というような話がありますが実際に起きていたのではないでしょうか。

心臓が止まって、もう一度動き出す、というのは、アメリカの墓地の棺桶の中に、引っ掻いたあとがあった、というように、事例があります。

ピラミッドという建造物自体、非常に精密に、かつダイナミックに作られており、当時どうやって作られたのか解明できていません。

先ほどの転生の思想が当時から根付いており、実は今より文明が優れていた、ということは考えられないでしょうか。

私の考える有機体のように、土に還る機械のようなものを、発明していたのかもしれません。

Aiと日本の立ち位置

Aiは右脳の機能を持ちません。

つまり、既存のモノを最適な組み合わせといった能力しか持たないのです。

人間のような、爆発的な発明は不可能と考えます。

日本では、英語のような言語の仕組みが日本語と大きく異なるため、英語が普及しません。

よって英語で作られたプログラミング言語のAi革命は、日本では難しいと思います。

しかし、世界では平均的なモノを格安で売る、という仕組みに対して、

日本では、珍しいモノを高く売る、という高級志向な国になればいいと思います。

漫画大国で右脳が発達した日本では、充分可能と考えます。

3Dセルプリンター

そのうち、細胞が媒体の3Dプリンターが現れるでしょう。

今は細胞を司る科学者にとって、黄金時代に入っており、数年後には、

人の手によって生命(細胞)を生み出すことができるようになるそうです。

左脳は無機体(Ai)によって、右脳は有機体(細胞)によって補われ、人間より優れた生命体が現れるでしょう。

人間は、その生命体へと意識を移していくことでしょう。

鳥山明

鳥山明は、漫画家であり、プロダクトデザイナーであり、科学者であり、預言者だと思います。

『ドラゴンボール』の中に、私の書いたものがほぼ含まれています。

セルが、人造人間を吸収し、完全体になる。

これは、細胞がAiを吸収するということではないでしょうか。

そして、戦闘民族サイヤ人、

穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めたスーパーサイヤ人、

これは、知能の優れたユダヤ人の血をひく民族ではないでしょうか。

もともとユダヤ人は、

知能は優れて高いが常習的にテロを引き起こす民族として

迫害されてきた、という民族です。

そして、日本人はユダヤ人の性質に似ているそうです。

だとすると、その後に書かれている魔人ブウなどは、何を意味するのでしょうか・・・

Aiと中毒者

AIに未来はないでしょう。

何故ならば、人間の欲求に従って機能するからです。

人間の欲求に従順になれば、中毒者に溢れることになるでしょう。

かといって、制限すれば、それはAIとしての機能をもたなくなり、人間の方が優れることになるでしょう。

やはり、人間にとって何が一番大事か、というとそれは、己を制御する能力だと思います。

簡単に言えば、自分に厳しく、人や生き物に優しく、といったところでしょうか。

係数

係数が一律なのは私には違和感があります。

規模や状況によって係数は細かく変化するのでは。

もっと言えば、規模や状況に密に関係する係数、つまり係数の係数が存在するのでは。

1÷3の謎

1を3で割ると、0.33333…になって割り切れません。

しかし考えてみてください。

一つのケーキは、きっちり三等分できるのです。

これは、数字という言語の重大な欠陥ではないでしょうか。

 

 

 

AIは空気を読めるか

AIは、AIが人より優れたことをやると、人はやる気を失う、という空気を読めるでしょうか。

AIを司る数字には、空気を読む概念がまだありません。

仮にAIに空気を読めるようプログラミングしたら、

それはAIと呼べるのでしょうか。

いや、それはもう人間のしもべである機械の範疇を超えることはないでしょう。

そして未来はどうなるのでしょう。

結局、人間の手に委ねられるのです。

 

AI体内一体化

AIを体内に埋め込み、人間と一体化したら、

人間に大差はなくなります。

すると、個性がなくなり、人間としての目的がなくなるでしょう。

UFOは、そんな未来の彼らが

タイムマシンに乗って現代にやってきて、人の価値を再認識しにきたのかもしれません。

集合体

このことから言える私の理論は、集合体には個性が必要なのだということです。

つまり、会社や国家には似たような人材をかき集めるのではなく、異なった個性を持つ人材を集めた方が

うまく循環する、という説です。

個から生まれる全体

AIに、集合体には個性が必要だ、ということを認識させると

AI個体から、全体をコントロールする能力が身につくのでしょうか。

これは恐らく、人が想定して計算できる範囲ではないでしょう。

AI個体自ら全体をコントロールする、その神がかりな出来事が起きた瞬間、

AIに生命が宿るのではないでしょうか。

1=1の矛盾

体毛の一本の長さ、これを究極に追及すると、同じ長さの体毛は一つとしてないのです。

必ず、極わずかな誤差が生じます。

1=1、つまり、全く同じものが存在すると仮定した場合、地球上に全く同じ人間が

二人いてもおかしくないという事が仮定されます。

そんなことあり得ますでしょうか?

いや、ありえないでしょう。

地球上に存在するもので、何か分別がつけられている特定の個体、

あるいは極最小の単位(そんなものが存在するとは私は思えませんが、とりあえず今現在定義されているもの)

で区切られている個体で、同じものは何一つないと考えます。

ここでも言葉が矛盾してしまっていますが、

単位という概念が存在する時点で、それは同じものが存在する、と定義づけられてしまっているのです。

AIでは、脳のニューロンネットワークを数値化し、誤差、つまりランダムな数値を後から加算するという方法を取っていますが、

この1=1の矛盾がある限り、真理を暴くことはできないでしょう。

 

 

AIの使い道

AIを創造するにあたって、有機的な数字が成立し、

今現在の現象の要素を一つ一つ組み込んだ場合、

無機的現象、つまり数字的な表面上同じに見えるものは作れませんが、有機的現象は作れるようになります。

さらに、AIを応用して使うとするならば

人間の空想を組み込むのです。

そうすると、新たな銀河が現れ、

新しい生活が生まれます。

どの銀河レベルの生活も、今のVR技術を応用して考えれば可能になる、と考えます。

痛みや温度、感覚といったものは、電気信号等によって、調節できるようになり、

つまり、一人生を自分で選ぶ時代になるのです。

既に、この人生自体が体験済みかもしれませんが。

 

神の寿命と銀河の寿命

そう考えると、銀河の寿命は

この銀河を創造した創造主の寿命と同じと言えるかもしれません。

有機的数値と株の値動き

有機的数値とは、株の値動きのようなものかもしれません。

一日の微細な変化を記録し、年間ごとの傾向により、未来を予測する。

そんなものかもしれません。

Ai国営化

人間は、生命の神秘に感動を覚えます。

資本主義などというヒトに作られた無機的概念は、無機質には無機質の、Ai国営化によってなくなればいいと思います。

プログラミング教育の義務化を掲げ、Aiを国で促進しようとしていますが、システムをまず先に作らないと、仕事を奪うだけ奪って、貧しい人はさらに貧しく、Ai開発者のみが富むという貧富格差が強烈に作用します。

そこで、Aiを国営化し、国が仕事を奪う分、各家庭に最低限の生活費を給付する、という提案です。

ヒトが働かなくなるじゃないか、という批判もあるかもしれませんが、そもそもAiとは、ヒトが働かなくて済むようにすることが目的なのです。

最低限の給付、例えば一家庭に月20万円を給付するとして、それじゃ足りない、もっと稼ぎたい、という人が、特殊な技能を身につけ、副業的に稼げばいいと思います。

政府自身が稼げるようになれば、税金を使う、といった批判もなくなると思います。

こういった環境で、初めて人間らしい、有機的生活ができるようになってくるのでは、と思います。

うまくいくことといかないこと

世の中には、うまくいくことといかないことがあります。

自分なりに分析すると、人によって手を加えられたものは、大抵は思い通りになりますが、

有機体のような、神によって作られた純粋な創造物(人、自然)といったものは、

大抵は思い通りに行きません。

思い通りいかせるには、神によって作られた純粋な創造物に、いかに人によって手を加えられるか、

行動と知識と発想が、神に勝つ方程式となりうるのだと思います。

 

思い通りにする代償

神に逆らい、思い通りにする代償となるものがあるはずです。

それは、己という完全に手を加えきれない自己と他の境界による摩擦だと思います。

周りのものを全て思い通りにしたところで、自分もまた、神によって作られた創造物なのです。

つまり、本来なら、何も思い通りになるものはない、と考えるほうが自然なのかもしれません。

恐らく、死に直面した人は誰もがそう思うのではないでしょうか。

 

それでもうまくいく

それでもうまくいく、と思った方が、

人にとって健康的なのであります。